2016年6月8日水曜日

個人的に懐かしい、どうでもいい内容の文章に、日の目を当ててみた

以前書いた、どうでもいい文章が2つも発掘されたのでここにテキトウに貼っておこう。

始めに書いてしまうと、の方は「古神典」という語はどういう意味だ?という内容で、の方は傾奇3特化は3つともすべてかぶき者と関係無いのでは?という内容である。どちらも、特にどうでもいい話題だ。どうやら書いた当時、暇だったらしい。

1は敬体、2は常体で書かれていて、文体さえ不統一だが、それぞれ別のときに書いたものをここで並べただけなのでお許しあれ。









「古神典」という語をgoogleやyahooで検索してみますと、上位では信On関係のサイトしかヒットしません。ところが、「神道」「古神道」「神典」の語はそんなことはありません。これはいったいなぜなのでしょう。

 ここで、一つ一つの語の一般的な意味を確認していきましょう。まず「神道」は「しんとう」と読みまして、古代日本に起源を辿ることができるとされる宗教のことです。仏教やキリスト教のような外国から輸入されたものとは別に日本発祥の宗教があって、それが「神道」(これ以外にも「国産」の宗教はあるかもしれないけど)なわけですね。古来より日本では仏教と神道が曖昧に混ざってしまった部分が無くもないのですが、それについてはここでは触れないでおきます。そして次に「神典」という語ですが、これはその「神道」の信仰の規範と一般的に考えられている『古事記』や『日本書紀』といった文献の総称なのです。たとえば仏教における経典、キリスト教における聖書、イスラム教におけるコーランのように1つの「コレ!」という正典に当たるものは神道においては無いとされており、ただし信仰の規範を求めうる文献ならば複数存在していて、それらを総称して「神典」と呼んでいる、ということなのです。まとめますと「神道」は宗教名、「神典」はいくつかの文献の総称ということになります。

 さて「神道」ですが、こちらも実は総称的な言葉でして、さらに分類することができます。神社神道・民俗神道・皇室神道などなど(他にも色々)に分類されるようですが、なんと実は「古神道」というのも、その分類の1つに挙がるのであります。つまり「古神道」というのは「神道」の種類の1つなんですね。ゲームの中では神職という職業の中に「神道」と「古神道」が特化として並列的に存在しますが、現実世界におけるもともとの意味的には、「神道」の中の1つとして「古神道」があるというわけです。ちなみに読み方はこちらも「こしんとう」です

 この「古神道」という語の意味は、実は大きく言うと2つあります。そして、そのうちの1つは、「幕末から明治にかけて成立した神道系新宗教運動」ということになります。ところが、信Onというゲームが扱っている時代というものを振り返ってみさえすれば、コーエーが、江戸~明治時代にかけて起きた運動を由来として「古神道」という特化を作った、とはおそらく考えにくいはずです。かくして、われわれは、もう1つの意味の方に注目をせざるをえないということになります。そして、もう1つの「古神道」という語の意味は「日本において外来宗教の影響を受ける以前に存在していた宗教」ということになるのであります。信Onの「古神道」は、おそらくここから来ているのでしょう。

 さてここで「古神道」なる語をそういう原始神道的な意味でとらえますと、その信仰の規範となるような文献などあるのだろうかという思いに行き当たります。つまり、「古神典」と呼ぶべき文献などあるのだろうかということです。そもそもある時代までは文献どころか文字すら無いでしょうから、当然そういう太古の時代には何もないはずだと推測されます。そして、もう少しだけ時代が下がったところでそういう類いの文献がもしあるとすれば、おそらくその具体的な書物名は、実際のところ「神道」の中身と重なる物以外はないのではないでしょうか。そもそも、少なくとも筆者が色々と見渡した範囲においては、信On絡みでないところに「古神典」なる語は全く見当たりません。おそらくそのような言葉は、一般的な用語としては存在しないのではないでしょうか。つまり「古神典」というのはコーエーの造語なのかもしれないということです。そして、言葉自体は世に間違いなく存在している「神典」という語の方でさえ、ゲームの中では、一般的な「神典」という語の意味(=『古事記』や『日本書紀』など)とは別の意味で使われているような気がします。

 信Onにおける雅楽以外の神職の特化名の正式名称はおそらく「道」という字が入る神道と古神道の方です。そしてそれらの特化選択者が、それぞれの特化技能を体得するために読む文献、つまり特化目録の名称がそれぞれ神典と古神典なのではないでしょうか。少なくとも筆者は、そう理解しております。


もともとの意味 まとめ

神道・・・宗教
古神道・・・宗教
神典・・・ある文献の総称
古神典・・・コーエーの造語か
雅楽・・・音楽










 「かぶき者」という職業に、演舞や殺陣や能楽などといった特化があるという事実は、言葉の純粋な意味で単純に意味不明である。かぶき者は踊り手でもなければ役者でもない。かぶき者は、誤解を恐れずにごく簡単に言えば、色鮮やかな着物を着た乱暴者のことであり、そのかぶき者の風俗を取り入れただけの「かぶき踊り」という踊りをやがて出雲阿国なる者が作り、さらにそれを起源にかなりの変貌の過程を経た結果演劇の歌舞伎ができただけらしいという事実を踏まえれば、そこには取材対象と取材者の関係がわずかにあるだけで、かぶき者そのものと、「かぶき踊り」のダンサーや「歌舞伎」という演劇のアクターは完全に別物のはずだ。ましてや、そういう縁すらない能楽といった話が出てくるのは、一体どういうことなのか。こんな滅茶苦茶な特化設定をするコーエーは、ある意味で、かぶき者以上に無法者であると思えなくもない。







に比べると短い文章で、例えば「殺陣」は語源的には「(演劇の)歌舞伎での立ち回り」のことだという説明などを文中でしていないので、今読むとより不親切な文章に思える。何が言いたいか伝わらないかもしれないという不安が、今はある。が、どうでもいい文章なので、もちろん直さない。

まして演舞という特化名についてはどこから来ているのかよくわからないので「かぶき踊り」からの連想か?という勝手な想像で「もしかぶき踊りなら、かぶき者が踊っていたわけじゃねーぞ!」という話を見切り発車的にしているだけなので、ツッコミとして見当違い甚だしい可能性は全く否定出来ない。つまり、若さ溢れる文章、というわけだ。

個人的には超懐かしい文章なのだが、ブログに載せるのは初なので、この筆者の抱いた懐かしさを共感してもらえる相手など当然地球上に1人も存在しないのであった。完。